「自分らしさ」のようなものを追求する生き方

2012.01.14

たまたま先日地下鉄に乗っていたら、目に留まった就職活動支援サイトの中吊り広告のキャッチコピーが「私のこと大切にしたい」。まさしく「自分らしさ」のようなものを追求する生き方が就職においてもキーワードになっている。昔であれば新卒で会社に入って、一生会社勤めが当たり前だったものが、そういう観念が緩やかに壊れてきている。「自分の存在意義」や「自分らしさ」に素直になって、肩肘張らずに生きる選択肢もあるのでは
「自分らしさ」のようなものを追求する生き方... の続きを読む

「自己の職業を守る」という考え

2012.01.08

ドイツ型の資格を持ち出すまでもなく、われわれの周囲には夥しい数の「資格」がある。古典的あるいは伝統的な職業だけではなく、あらゆる職業には何らかの資格があるといってもよい。そして資格の取得のためのさまざまな学習コースは盛況を呈している。しかし日本型の「職能資格」とドイツ型の「技能資格」がまったく異なる原理から成り立つのと同様、われわれの周囲に氾濫する「資格」とドイツ型の「資格」とはまったく異なるもの
「自己の職業を守る」という考え... の続きを読む

若者は中高年の犠牲者か

2012.01.07

最初に提示した有識者のもう一つの仮説について見ておこう。中高年の雇用が維持されたために、採用が手控えられたことが若年雇用の悪化につながったとする、教授(〇一年当時)の「置換効果」である。この点を詳細に検討するために、雇用調整がどのような形で現実に行われてきたかを具体的な統計データに即して見てみよう。一般に雇用調整は、企業のコスト削減すなわち合理化対策の一環として実施される。九〇年代後半、深刻な景気
若者は中高年の犠牲者か... の続きを読む

ワークシェアリングは魔法の杖ではない

2011.12.31

ワークシェアリングはけっして魔法の杖ではない。涙を流しながら決断するものなのである。日本には、雇用調整助成金という操業短縮時の賃金を助成して雇用維持を図るという政策がある。これも一種のワークシェアリングと解釈することも可能だが、どうして拡大解釈してまでワークシェアリングという概念を使いたいのかという素朴な疑問に戻る。あれもワークシェアリング、これもワークシェアリングとして、定義を拡大してゆくとどん
ワークシェアリングは魔法の杖ではない... の続きを読む

英語ができればビジネスもできるというわけではない

2011.12.31

アメリカに行けば英語は赤ん坊でも話しているわけで、いずれ日本でも英語ができるだけでは何の価値もない時代がやってくるだろう。何か別の付加価値が必要になる。企業でも「社員全員にTOEICで○○点以上とらせる」というようなところが実際に多いのだが、一方、海外で成功している人などからは「相手を説得するのは単語の数じゃない、完璧な英語力でもない」という話をよく聞く。英語を一生懸命勉強している人がいれば「頑張
英語ができればビジネスもできるというわけではない... の続きを読む

最新エントリー

アーカイブ